オグロヅル 人工授精への道

皆さん、こんにちは!
フライングケージ、世界のツルゾーン担当の日高です。
今回のブログでは、今年度から取り組んでいる「オグロヅルの人工授精」について紹介します。

まず、オグロヅルについて簡単に紹介します。


ブータン、中国、インドなどに生息し、種名のとおり尾羽が黒色のツルです。
ワシントン条約付属第Ⅰ表、IUCNレッドリストの危急種にも指定されている希少動物です。
当園では2013~2019年まで♂(愛称:ラサ)、♀(愛称:アザミ)のペアで飼育していましたが、♂が死亡してから現在まで♀1羽の飼育となっています。
国内の飼育数も2024年1月現在、4園館で6羽(当園含む)と非常に少ない現状です。

そんな中、関係者の間でオグロヅルの人工授精にチャレンジしてみよう!という話が。。。
当初、現在国内で飼育されているオグロヅルで産卵経験があるのは当園のアザミだけでしたので、白羽の矢が立ちました。
♀1羽という当園の現在の飼育状況ではいくら産卵があったとしても無精卵ですから、様々な課題はさておき、せっかくだからチャレンジしてみよう!と決まりました。(アザミは産卵経験があるものの、産卵した卵を抱卵せず半日~1,2日のうちに破壊することが大半で、仮に受精卵が得られたとしても破壊されるのでは?と不安要素は残ります。)

人工授精には♂の精液が必要ですが、天王寺動物園で採精に取り組まれているということで、当園で産卵が確認されたら採精したものを空輸してもらい人工授精に取り組むという段取りです。
ツルの人工授精は国内でいくつかの例(マナヅル、タンチョウ、ソデグロヅル)があり、過去には当園でも多摩動物公園からの空輸精液を用いて、ソデグロヅルの繁殖に成功しています。
基本的な手技はこれらの例とそう大きくは変わらないでしょうが、国内でオグロヅルの人工授精による繁殖はまだありません。

なぜ人工授精が必要なのか?
いくつかの理由がありますが第一にペアの片方が強すぎたり、相性が悪くて同居できない場合。
第二の理由として、翼の骨折など身体上の理由から交尾がうまくできない場合。
第三の理由が精神的理由(人工孵化で成長し、同種を配偶者と認めない)で交尾しない。
第四に、繁殖に適した個体を♂or♀だけしか飼育していない場合です。
今回はこの第四の理由に当たります。
現在、国内では♀5羽に対して、♂は天王寺動物園の1羽だけですので、この♂個体頼みです。
個体の輸送にはリスクを伴いますし、どちらかの個体を移動したとしても環境の変化や相性などの問題で同居ができるかは分かりませんので、精液を採取し人工授精に取り組む方が個体を移動するよりは負担も軽減できるのではないかと考えます。

人工授精に向けての準備
人工授精で精液を注入する際に必要なのは、♀の陰部をマッサージし総排泄腔を反転させた状態で輸卵管内に注入することです。
人工授精の成功率を上げるには注入するタイミングも大事です。それには産卵日の予測や産卵間隔の把握が必要です。
アザミの産卵は例年6月の1週目頃から始まるので、慣らしも兼ねて4月頃から人工授精時に行うマッサージの練習を始めました。
怪我や病気をしない限り、普段積極的に捕獲することはありませんので、まずは捕獲とマッサージに慣れてもらう必要がありました。回数を重ねるごとに、スタッフもツルも慣れてきた実感がありました。
1週間に1回のペースで練習を重ね、同時に採血も行いました。

人工授精に向けてマッサージの練習中(ツルを足の間に軽く挟んで支え、尾羽の付け根付近をマッサージします)


人工授精に初めて取り組むため、とにかく分からないことだらけ!加えて、アザミは他のツルと比べて産卵が予測しづらい個体なので、残せるデータは全て残そう!ということで血液検査で血中カルシウム値(卵をつくっているか?)や繁殖に関わるホルモンの値も併せて変化を見ることにしました。

第1卵の産卵後に採精→人工授精という段取りになっていたので、まずは産卵がなければ何も始まりません。
他のツルも数種担当していますが、他のツルは繁殖期や産卵前の行動が顕著に見られ、観察していれば「あ~、これは明日には産卵するな~!」と予想がつきますし、誤差は±1日程あるものの、だいだい予想通りに産卵します。
対して、アザミはそういった行動もほとんどなく、いつ産卵するか予測が困難です。
血液検査の数値やマッサージの状況から、そろそろ産卵しても良いのにな~と首を長くして待っていました。
用意した巣材の上に座り込んで休んでいることが増え、ついに産卵!?と思ったら、実際にはただ本当に休んでいるだけというようなことがほとんどで、毎日ドキドキしながら過ごしました(^^;

その下に卵はあるのか?ないのか?と気になる日々

今年の産卵は6/29、7/8と例年より3~4週間も遅く、トータルの産卵回数も2回と非常に少なかったです。
年齢による影響もあるのか⁉年々産卵数が格段に少なくなってきているのも少し気がかりです。

産卵した日の様子

マッサージの練習を続け、ある日を境に総排泄腔の反転・注入すべき輸卵管の入り口も確認できるようになりました。
長い時では、1分30~40秒ほどリラックスして脱力し、無保定に近い状態を保持できるようになり、あとは実際に精液を注入するだけ!という状態にまでなりました。
シーズン中、この安定した状態を数回作ることができました。1年目でまずまずの成果なのでは⁉と思います!

マッサージにだいぶ慣れてきた頃。手際よくマッサージを進めます!

少し難しい話になりますが、下に反転した総排泄腔の写真を載せています。(動画からの切り抜きで分かりづらいですが)巾着袋の口のように閉じている1つの穴のように見えますが、内部は近接して2つの穴があります。向かって右側の穴は注入しやすい形状・弾力なのですが、注入すべき左側の穴はやや小さく弾力もあるので注入しづらい感覚があります。
構造については本などでも分かりますが、実際の感覚的なところは亡くなった♀のカナダヅルの解剖時に勉強させてもらいました。(亡くなった個体から得られた知見は無駄にしないよう、いま生きている個体に還元しないといけませんよね。)

マッサージにより総排泄腔を反転させなければこの穴は全く確認できません。そしてこの構造をしっかり理解した上で注入すべき方に的確に精液を注入しなければ成功率はかなり落ちると言えます。

過去に当園では空輸精液によるソデグロヅルの人工授精で国内初繁殖に成功していますが、この時は平成8年から取り組み始めて、平成11年に輸卵管内に注入に初成功、平成12年にヒナ誕生と数年がかりだったようです。
当時の記録を読んでいると、なかなか繁殖まで至らなかったのはやはり注入場所に原因があるようでした。

マッサージにより反転した総排泄腔


今年度の結果は双方の様々な条件や状態が合わず、実際に精液を輸送して人工授精に取り組むことはできませんでした。
もちろん国内のオグロヅルの飼育状況を考えるとなるべく早く成功したいところですが、こればっかりは生き物ですから、仕方ないことです。
来年度に向けて少しの希望と課題が見つかりましたので、まずは来年度に備えて健康に飼育するよう努めたいと思います。

ちなみに、どういう訳だか?今年度はこれまで全く見られなかった「産卵した卵を守り、飼育員を威嚇する」という良い傾向も観察されました。

産卵した卵を守り、飼育員を威嚇するアザミ

いつか人工授精でオグロヅルの繁殖が成功し「当時はこんなことも書いていたな~」と振り返れる時が来れば嬉しいです。


今から20数年前の飼育の先輩方の残したソデグロヅルの人工授精の記録を読み返しながら、来年度に向けて勉強中のフライングケージ、世界のツルゾーン担当 日高

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