動物園は見せ物なのか?

少し前、ある新聞のコラムにおいて、動物園や水族館の存在意義を厳しく問う意見を目にしました。そのコラムの要旨は、以下のようなものです。

「孫と水族館に行き、シャチのショーに『すごい!』と感動する孫の横で違和感を覚えた。動物園の起源は中世ヨーロッパの「見せ物小屋(メナジェリー)」であり、狭い檻やプールで芸をさせるのは動物の尊厳を犠牲にした娯楽に過ぎないのではないか。動物園・水族館の存在意義は『種の保存』『教育』と掲げているが、本来の生態とは程遠い。私たち人間は何を学んだつもりになっているのか。」

非常に鋭い問いかけです。しかし、日々進化を続ける動物園業界に30年以上身を置く一人として、この「問い」に向き合ってみたいと思います。

水族館で行われているイルカのパフォーマンス(写真は前述のコラムとは関係ありません)

①「学び」を創る飼育現場の努力

コラムでは「何を学んだつもりになっているのか」という指摘がありました。

平川動物公園では、飼育員が毎日の解説イベントを通じて、動物の生態・形態・行動についてだけでなく、本来の生息地で直面している厳しい現状についても来園者に伝えています。また、教育普及専門の部署があり、園内外で学校等の団体を対象に学習プログラムを実施しています。

「かわいい」「すごい」という感動や感情を入り口にしつつ、その背景にある環境破壊や密猟といった「人間の経済活動による加害性」についても、生きている動物を前にして共に考えること、それこそが、単なる知識の伝達を超えた、現代の動物園が担うべき「教育」の姿の一つだと考えています。

ビントロングについて解説する飼育担当者

②「檻」から「生息環境」への劇的な変化

コラムでは「狭い檻」という表現もありましたが、現代の動物園はかつての姿から大きく変貌しています。現在の動物園において「生息環境展示」と呼ばれる展示手法があります。これは、動物の本来の生息地の環境にできるだけ近付け、再現する手法です。一見すると「どこに動物がいるのかわからない」ほど生い茂った植物は、動物にとってはプライバシーが守られ、本来の行動を引き出すための大切な空間です。動物を「見せる」ことだけでなく、動物が「健やかに過ごす」ことを優先した飼育展示へと、時代は確実に動いています。平川動物公園では50年以上前の開園時から「キツネザルの島」などでこの展示手法に近いものが続いています。

緑豊かなワオキツネザルの島

③「芸」ではなく「科学的なケア」と「能力の提示」

「芸をさせて客寄せをしている」という批判がありますが、現代の動物園におけるトレーニングの目的は大きく異なります。現代の多くの動物園で行われているのは、健康管理(採血や受診等)をストレスなく行うための「ハズバンダリートレーニング」です。また、知性や身体能力を披露する場面も、それは彼らが野生で生き抜くために備えている「命のたくましさ」を正しく知ってもらうためのものです。これらを一括りに「見せ物」と断じてしまうのは、アニマルウェルフェア(動物福祉)向上に挑戦し続ける現場の努力を見落としていると言わざるを得ません。

トレーニングによるゾウの健康管理(足の裏の手入れ)

④変化し続ける動物園の役割

動物園を「メナジェリーの延長」と定義するのは、あまりに一方的です。近年では、絶滅危惧種のシェルターとしての保全活動や、国際的なネットワークにおいて保全の重要な一翼を動物園が担っています。

もちろん、個々の園や職員によって技術や意識に差があるのは事実です。だからこそ、一括りに批判して遠ざけるのではなく、先入観を捨て、園の姿勢として真摯に保全・教育・研究に取り組んでいるのか見きわめることこそが、動物園を訪れ、利用される方々に求められるのではないでしょうか。

優れた身体能力を発揮できる環境づくりに努めます

結びに

コラムに出てくる筆者のお孫さんの「すごい!」という純粋な言葉は、決して否定されるべきものではありません。その感動はシンプルに「生命への畏敬の念」なのでしょう。そのことが生き物とその生息環境を「大切にしたい」という気持ちに繋がると信じています。その気持ちを私は消し去りたくはありません。

私たち動物園内部の人間もまた、常に自問自答を繰り返しながら、動物たちへのリスペクトや動物本来の姿、動物の生息環境で起きていることを伝え続けていきたいと考えています。

園長 福守

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