飼育係?飼育員?

私が動物園で仕事をするようになった30年前、動物園や水族館の飼育スタッフのことは「飼育係」と呼ぶのが普通でした。そのことに特に疑問を持つこともなく、ごく自然に受け入れていました。

しかし、いつの頃からか飼育係よりも「飼育員」という呼び方を耳にすることが増え、飼育係という言葉が使われなくなってきました。

私にとっては正直なところ「飼育係」のほうが馴染み深く、自然な響きに感じられるのですが、時代とともに私自身も周りに合わせて「飼育員」という表現を使うことが多くなりました。

  • 「飼育係」と「飼育員」はどう違うのか?
  • いつから呼び方が変わったのか?

このあたりは、ずっと心の中に引っかかっていた疑問でした。
そこで、自分なりに調べたり、考えたりしてみました。

共同通信社の記者、佐々木央(ささき・ひさし)さんが書かれた『ルポ 動物園』(ちくま新書)によると、共同通信の記事データベースでは、2000年から2010年までは「飼育係」と「飼育員」の使用頻度はほぼ同数でした。しかし2011年以降、「飼育員」が「飼育係」の4倍以上使われるようになったといいます。つまり、2000年代のどこかの時点で逆転が起き、その後は「置き換えが急速に進んだことが分かった」と記されています。

この本においては、富山市ファミリーパークの元園長である山本茂行さんの言葉が紹介されており、

「マスコミは飼育係を『飼育員さん』と呼び変え、動物園を”かわいさ“の舞台のようによそおう。動物園はそのシナリオに踊らされ、現場はかき回され、依存し、漂うばかりだ」

とあります。つまり、飼育員という表現に疑問を呈しておられます。ここを掘り下げると話が広がりすぎるので、興味のある方はぜひ本書をお読みください。

さて、動物園の役割や位置付けは時代とともに変化してきました。それに伴い、動物園で働くスタッフの呼称もまた、変化してきたのではないかと私は考えています。

「飼育係」という言葉からは、「動物の世話をする人」というイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか。昭和の時代から使われていたこの表現は、「係」という語感から、当番や補助的な役割を連想させます。どこの小学校でもウサギやニワトリが飼われていた時代のウサギ係や掃除当番のように、どこか「裏方」や「お世話係」といった印象が強いように思います。

一方で、現代の動物園では、飼育スタッフは単に餌を与えたり掃除をしたりするだけでなく、動物を扱うプロフェッショナルとして、以下のような業務に携わっています。

  • 動物の健康管理
  • 繁殖計画の立案と推進
  • 行動観察および記録
  • 集団遺伝学に基づく個体群管理
  • アニマルウェルフェア(動物福祉)の向上
  • 教育普及事業やイベント対応
  • 調査研究事業
  • 生息域内保全事業への参画
  • 飼育施設・設備の管理と点検
  • 飼育環境の工夫と整備 など

このように、飼育スタッフは高い専門知識と技術が求められる職業であり、従来と比べてその専門性や社会的責任がいっそう増しています。そうした背景を反映して、「飼育員」という呼称が一般的になってきたのではないかと考えています。

明確に「いつから変わった」とは言いにくいのですが、1990年代後半から2000年代にかけて、アニマルウェルフェア(動物福祉)や環境教育が重要視されるようになったことが転機の可能性があります。そして、ちょうどその頃から「飼育員」という呼び方がマスメディアを中心に広まり、現在では全国の動物園・水族館で広く使われるようになっています。

個人的には、SNSの急速な普及も「飼育員」という言葉の定着に大きく貢献したと感じています。

以上のことを整理してみると、「飼育係」は昔ながらの呼び方、「飼育員」は現代的な専門職としての名称、と捉えることができそうです。「飼育員」はプロフェッショナル、動物飼育の専門家であることを内包した言葉であり、動物園業界の専門性を社会に伝えるうえで有効なのかもしれません。

私が幼い頃に読んでいた動物園界のレジェンドたちが書かれた本には、「飼育係」という言葉がごく自然に登場します。そうした先輩方は情報源が限られていた中、職人気質で、試行錯誤を重ねながら動物とともに生き、喜びや悲しみを分かち合い、命と真正面から向き合ってこられた方々でした。「飼育係」という言葉からは、そんな誇り高い姿勢がにじみ出ているように思います。時代遅れかもしれませんが、私は、「飼育係」という言葉に懐かしさと親しみを感じています。

当園の飼育スタッフには、誇りを持って真摯に動物の命と向き合う「飼育係」のマインドを大切にしながら、専門職としてのスキルを持つ「飼育員」として活躍してほしいと願っています。

園長 福守

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